「親の土地に家を建てて住む」。 昭和から平成にかけて、ごく当たり前に行われてきた光景です。親の厚意に甘え、土地代を浮かせてマイホームを持った方も多いでしょう。しかし、親が亡くなって相続が発生した瞬間、この「家族の助け合い」が、解決の糸口が見えない最上級にややこしい法的トラブルへと変貌します。
よくあるのは、土地だけが兄弟で「共有」となり、建物は住んでいる長男の「単独所有」という状態です。住んでいる長男からすれば「自分の家なんだから当然住み続ける」と考えますが、土地を相続した次男からすれば「自分の持ち分がある土地なのに、兄貴にタダで占領されている」という不満が募ります。
なぜこのパターンは「売却」が困難なのか?
この「土地共有・建物単独」という状態の最大の問題は、バラバラにしようとすると価値が暴落するという点にあります。
想像してみてください。誰が「他人の家が建っている土地の、さらにその一部の権利(共有持分)」だけを欲しがるでしょうか? あるいは、「他人の土地の上に建っていて、いつ退去を求められるかわからない家」を誰が買うでしょうか? 土地だけの権利、建物だけの権利を個別に切り離した瞬間、市場での価値は二束三文にまで叩き落とされます。
この問題は、親族間の「情」があるうちはまだ表面化しません。しかし、固定資産税の負担や、将来の建て替え、あるいは相続人の一人が「お金が必要になった」と言い出した瞬間に、出口のない泥沼の争いへと発展するのです。
なぜ「土地共有・建物単独」はトラブルの火種になるのか
土地共有者の「使えない不満」と建物所有者の「追い出される不安」
このパターンの恐ろしさは、土地を共有している親族間で「100対0」の温度差が生まれることです。
住んでいない側の共有者(例えば他家に嫁いだ妹や、別に家を構えた次男)からすれば、実家の土地に自分の名義が入っていても、一円の得にもなりません。それどころか、毎年固定資産税の請求だけはきっちり回ってくる。「自分の土地なのに、なぜ兄貴一家だけがタダで居座っているのか」という不満は、時間の経過とともに確実に膨れ上がります。
一方で、住んでいる建物所有者は、常に「見えない恐怖」と隣り合わせです。もし他の共有者が、その土地の持分を勝手に第三者や不動産業者に売却してしまったら?ある日突然、見知らぬ業者から「土地を使っている対価(地代)を払え」、あるいは「家を壊して出て行け」と迫られるリスクを抱えているからです。この「収益がない不満」と「居場所を失う不安」のぶつかり合いが、親族関係をズタズタに引き裂いていきます。
「借地権」は成立しているか?というリーガル・チェック
ここで重要になるのが、「建物所有者は、どんな権原でその土地を使っているのか」という法的根拠です。多くの人が「親の土地なんだから、自分には住む権利がある」と信じて疑いませんが、法律上は驚くほど脆い基盤の上に立っています。
親子間の場合、地代を払わずに土地を借りる「使用貸借(しようたいしゃく)」であることがほとんどです。 しかし、使用貸借は、借地権(賃貸借)のように「借地借家法」という強い法律で守られていません。地代を払っていない以上、土地の共有者から「もうタダで貸すのは終わりだ」と言われた際に、対抗する手段が極めて限定的なのです。
「親との口約束」は、親が亡くなった瞬間にその魔法が解けます。地代を払っていないという事実が、建物所有者の立場をこれ以上ないほど不安定にさせている。この冷徹な現実に気づいた時には、すでに親族間の交渉が手遅れになっているケースが後を絶ちません。
放置した際のリスク:次の世代で「爆発」する
建物が朽ちた時、どうなる?訪れる「再建築不可」のフリーズ
「今は古い家だけど、いつか建て替えればいい」――。そう楽観視しているなら、今すぐその認識を改める必要があります。
法律上、親の土地(共有地)の上に新しい家を建てるという行為は、単なる修繕ではなく土地の「変更(処分)」にあたると解釈されます。つまり、土地共有者全員の同意がなければ、ハウスメーカーは着工すらしてくれません。
もし、土地の共有者である兄弟との仲が冷え切っていたらどうなるでしょうか。「建て替えるなら、私の持分を相場より高く買い取れ」「地代を月数十万円払え」といった条件を突きつけられ、交渉が暗礁に乗り上げるのは火を見るより明らかです。建物は古くなる一方で、直すことも建て替えることもできない。文字通り、生活の基盤が「フリーズ」してしまうのです。
土地持分に「差し押さえ」や「売却」が起きたら?
さらに恐ろしいのは、土地の共有者が「身内だけ」ではなくなるシナリオです。
例えば、土地を共有している兄弟の一人が借金を抱え、その土地の持分が「差し押さえ」を受けたらどうなるでしょうか。競売にかけられた持分を落札するのは、多くの場合、権利関係を整理して利益を出すことを生業とする「不動産専門業者」です。
昨日まで身内だった共有者が、ある日突然、法と交渉のプロである業者にすり替わる。彼らは「情」で話を聞いてはくれません。「不当利得として賃料を払え」「土地を時価で買い取れ」「さもなくば共有物分割訴訟で土地全体を競売にかける」と、容赦ない揺さぶりをかけてきます。
親族間で「なあなあ」にしていたツケは、次の世代、あるいは業者が介入した瞬間に、目も当てられない巨額の清算金となって爆発することになります。
実務的な3つの解決シナリオ
土地と建物の権利がねじれたままでは、将来必ず行き詰まります。では、具体的にどう「解消」すればいいのか。実務で検討されるのは、主に以下の3つのルートです。
案A:建物所有者が土地の全持分を買い取る(土地の集約)
もっともシンプルで、かつ「住み続けたい」場合に選ばれるのがこの方法です。建物所有者が他の共有者から土地の持分をすべて買い取り、土地・建物ともに自分の単独名義に集約します。
ここで最大の壁になるのが「買い取り資金」と「時価の算定」です。 身内間だと「更地価格の満額」を求める側と、「建物が建っていて自由にならない土地(底地)なのだから安くしてくれ」という側で、金額の折り合いがつかないことが多々あります。また、住宅ローンの借り換えが必要になるケースもあり、銀行への交渉も含めた専門的な段取りが不可欠です。しかし、一度集約してしまえば、将来の建て替えや売却も自由自在。もっとも資産価値を守れる選択肢です。
案B:土地と建物をセットにして第三者に一括売却(清算)
「誰も住む予定がない」「親族間の争いに疲れ果てた」という場合に選ばれる、究極の清算プランです。土地と建物を一つの商品として市場に売り出します。
この案のメリットは、バラバラに売るよりも圧倒的に高く売れる点です。ただし、「売却代金を誰がいくらもらうか」という配分比率が最大の火種になります。「土地の価値が9割だ」と主張する土地共有者に対し、「建物があるからこそ売れるんだ」と主張する建物所有者。ここを納得させるには、不動産鑑定士などの客観的な評価を入れ、「誰もが納得せざるを得ない数字」をプロに弾き出してもらうのが、結局のところ一番の近道になります。
案C:土地の共有者に対し、建物所有者が「地代」を支払う(収益化)
「今は買い取る金がないが、追い出されるのも困る」という場合の折衷案です。これまでのような「タダで借りる(使用貸借)」から、契約書を交わして「家賃を払って借りる(賃貸借)」に切り替えます。
住んでいない共有者からすれば、放置していた土地から毎月「現金」が入ってくるようになるため、不満を大幅に緩和できます。一方、住んでいる側も「借地権」を得ることで、一方的な退去請求に対する法的な防御力が格段に上がります。ただし、親族間で「いくらが適正な地代か」を決めるのは至難の業です。近隣相場や公租公課(税金)の数倍といった、実務上の「相場感」を知る専門家の介在が欠かせません。
解決を阻む「査定額」のギャップをどう埋めるか
「更地価格」と「底地価格」の違いに潜む罠
この問題の解決を難しくしているのは、土地の価値をどう見るかという「認識の断絶」です。
土地を売って現金化したい共有者は、不動産サイトなどで近隣の相場を調べ、「坪100万円だから、私の持分をその価格で買い取れ」と、いわゆる「更地(さらち)価格」を主張します。しかし、現実を見れば、その土地の上には他人の建物が建っており、すぐに更地にして活用することはできません。このように建物に占有されている土地を「底地(そこち)」と呼びますが、市場では更地の3割〜4割程度の価値しかつかないのが冷酷な現実です。
「1,000万円で売れるはずの土地なのに、なぜ300万円でしか評価されないんだ!」 この価格差(ギャップ)を受け入れられない共有者が一人でもいると、話し合いは一歩も前に進みません。しかし、この差を無視して身内だけで「時価」を決めようとするのは、火薬庫に火を投げ込むようなものです。
感情的な「言い値」を捨て、客観的な「エビデンス」を採る
親族間だと、どうしても「親がああ言っていた」「昔これだけ苦労した」といった主観が査定額に乗ってしまいがちです。しかし、法律とビジネスの現場において、そうした感情論は何の根拠にもなりません。
膠着状態を打破するために不可欠なのが、不動産鑑定士による「公平な査定」です。
専門家は、単なる相場だけでなく、借地権割合、土地の利用制限、将来の収益性などを多角的に分析し、一通の「鑑定評価書」や「意見書」にまとめます。「プロが客観的な基準で算出した数字」をテーブルに乗せることで、初めて感情的な対立から解放され、「この数字なら納得せざるを得ない」という合意の土俵が出来上がるのです。
身内だけで解決しようとして互いに不信感を募らせるより、早期に第三者の専門的な「エビデンス」を取り入れること。それが、結果として時間と親族の絆を守るための、最もコストパフォーマンスの良い選択となります。
共有物分割請求訴訟を活用した「強制的」な解決
話し合いがまとまらない場合の「最終宣告」
どれだけ誠実に言葉を尽くしても、「1円も負けない」「絶対に判を押さない」と頑なな相手はいます。親族間の情に訴えるのが限界に達したとき、残された唯一の道が「共有物分割請求訴訟」です。
これは「共有関係を裁判所で強制的に断ち切る」手続きです。裁判になれば、相手がどんなに話し合いを拒否していても、法廷という土俵に引きずり出すことができます。最終的には裁判官が「こう分けなさい」と判決を下すため、相手の「NO」という一言で全てが止まっていた状況を、確実に動かすことができるのです。
「金銭的解決」か「競売」か、裁判所が下す決断
この訴訟の着地点は、主に2つです。
1.全面的価格賠償(買い取り)
「土地を使い続けたい共有者」が、他の共有者に対して適切な賠償金(持分代金)を支払って、土地を独占する解決法です。裁判所が定めた「正当な時価」で清算するため、法外な言い値を封じ込めることができます。
2.競売(強制的な売却)
誰も買い取る資金がない場合、裁判所は不動産全体を競売にかけ、売れた金を分けろと命じます。これは占有している側(住んでいる側)にとっては、家を失う最悪のシナリオですが、それゆえに強力なプレッシャーとなります。
「セットでないと価値が低い」を逆手に取った交渉術
実務上、この「競売」のリスクは強い交渉カードになります。前述の通り、土地と建物の権利がバラバラなまま競売にかかれば、落札価格は市場価格を大きく下回ります。これは土地共有者にとっても、建物所有者にとっても「大損」を意味します。
弁護士が介入する場合、あえて訴訟を提起した上で、「このまま判決まで行けば、競売で全員が共倒れになりますよ。今のうちに適切な価格で私に売る(またはセットで売却する)のが、あなたにとっても唯一の得策です」と、数字を突きつけます。「土地と建物がバラバラでは価値がない」という弱点を逆手に取り、相手に「損をしないための合理的な判断」を迫る。これこそが、膠着したねじれ相続を解きほぐすための、実務的なテクニックなのです。
まとめ
家族の「暗黙の了解」に頼るのをやめる
「家族だから、いつか分かってくれるはず」その暗黙の了解こそが、実はトラブルを最も深刻化させる毒薬です。親が元気なうちは成立していたバランスも、相続というトリガーによって、一瞬で崩れ去ります。
「今の代」でこのねじれを解消しておくことは、次の世代、つまりあなたの子供たちへの最大の遺産となります。子供たちが、会ったこともない親戚と「土地の持分」を巡って争うような未来を残してはいけません。
複雑に絡まった権利関係を、シンプルな「現金」や「単独所有」という形に戻す。その作業は、確かに精神的なエネルギーを必要としますが、専門家という第三者が介在することで、驚くほどスムーズに動き出すことが多々あります。まずは今の状況を整理し、どんな選択肢があるのかを知ることから始めてください。それが、平穏な家族の未来を取り戻すための、確かな第一歩になります。
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