家族信託と事業承継
信託を利用した事業承継
信託を利用して事業承継に活用する例も近年は増えてきています。ここでは、円滑な事業承継を行うために、どのように信託を活用できるかをご説明します。
自社株式の後継者への譲渡
中小企業の経営者は、どのタイミングで自社株式を後継者に譲渡するかについて、苦心しているケースが多いです。自社株式の譲渡は、そのまま経営権の委譲を意味しますが、後継者に十分な経営能力が備わっていない段階で委譲してしまうことには、現経営者個人としてのみならず、会社としても大きな不安が伴うことになります。また、現経営者において、まだまだ経営に関与していたいという強い要望があることもあります。他方で、現経営者が亡くなるまで何も対策を打たないでおくと、とりわけ成長期にある企業においては、自社株式の株価が年々増加していき、後継者が現経営者から自社株式を相続した時点で莫大な相続税を支払わなければならない、という事態に陥ることもあります。
このようなとき、信託を活用して、自社株式は徐々に後継者に委譲していく準備を進めていく一方で、経営権は現経営者に残しておくことで、現経営者から後継者への事業承継を円滑に進めていくことが可能となります。
拒否権付き種類株式の発行
ちなみに、従来の事業承継の手法のひとつに、拒否権付き種類株式を発行する、というものがあります。これは、別名「黄金株」とも呼ばれるもので、たとえ1株でも持っていれば、株主総会の議案について拒否権を発動することができるという、絶大な権利を付与された株式です。この拒否権付き種類株式を現経営者に保持させ、他の株式を後継者に委譲すれば、万が一後継者が独断で暴走した経営を行ってしまった場合も、現経営者が拒否権を発動することで歯止めをかけることができる、というわけです。
しかし、拒否権付き種類株式を発行するという手法は、現経営者が経営に積極的に関与して会社を動かしていくというよりは、後継者の経営に消極的にストップをかけることしかできないという形になります。また、株式会社において拒否権付き種類株式を導入する場合は、定款を変更する必要があるほか、登記をしなければならず、手続的にも少々煩雑です。
そこで、現経営者がより積極的に経営に関与しながら、後継者に自社株式を委譲していくことで、後継者の将来の経営者としてのモチベーションを維持するとともに、その経営能力を向上させつつ事業承継を進めていく方法として、信託を用いた事業承継のスキームを検討する余地があります。
自社株式を信託財産として信託
例えば、次のような仕組みが考えられます。
現経営者を委託者、現時点で業務執行を担う者を受託者として、自社株式を信託財産として信託します。自社株式から得られる利益、すなわち株主権のうち、剰余金配当請求権などの自益権は、受益権として後継者に与えます。他方で、業務執行権などの共益権は、株式名義人たる受託者、すなわち現時点で業務執行を担う者が行使します。そして、株主総会における議決権の行使については、現経営者を指図権者として、受託者に指図することを認めます。このようにすることで、現経営者も経営に参画することができるのです。
もっとも、信託を活用して事業承継を行う場合、いわゆる事業承継税制の特例は適用されず、税務上は、将来自社株式を譲り受ける後継者が、通常どおりの相続税又は贈与税を支払わなければなりませんので、円滑な事業承継を行うに当たって信託を活用する場合は、税務面にも注意しながら進めていく必要があります。しかし、承継後の経営の安定のために、後継者・会社その他関係者等との間の諸々のバランスを図るための仕組みとして、信託の利用を検討すべきケースは多いと思われます。