【判例紹介】遺産に該当する金銭の遺産分割前における取り扱い

遺産である金銭は、遺産分割前はどのように扱われるのでしょうか、相続人間で相続分に応じて当然分割されるのでしょうか。これについて、消極的判断をした最高裁平成4年4月10日第二小法廷判決を紹介します。

事実関係

事実関係は、以下のとおりです。

Aは死亡時に現金として7533万円余を所有していたところ、相続人のYは、A死亡後、その現金を銀行の「A遺産管理人Y」名義の通知預金としました(当事者間では、これが金銭の保管方法にとどまることが前提となっており、Xらの請求も保管金返還請求です。)。

遺産分割協議が成立する前ですが、相続人のXらは、このうち6000万円余について各共同相続人に当然分割されるものであるとして、Yに対し、それぞれの法定相続分に応じた金銭の支払を求めました。

高等裁判所の判断

原審(東京高判昭和63年12月21日)は、次のように判断して、Xらの請求を棄却しました。

「現金は、被相続人の死亡により他の動産、不動産とともに相続人らの共有財産となり、相続人らは、被相続人の総財産(遺産)の上に法定相続分に応じた持分権を取得するだけであって、遺産分割協議が成立していない以上、Xらは、本件現金に関し、法定相続分に応じた金員の引渡しを求めることはできない。」

最高裁の判断

これに対してXらが上告したところ、最高裁は、次のように判断して、Xらの上告を棄却しました。

「相続人は、遺産の分割までの間は、相続開始時に存していた金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないものと解するのが相当である。……Xらの本訴請求を失当であるとした原審の判断は正当である。」

解説・コメント

・遺産分割における「共有」の性質

相続財産は相続人の共有に属し(民法898条)、各相続人はその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継し(民法899条)、遺産分割によって各相続人についての最終的な帰属が決まります。

このように、遺産共有は遺産分割を予定しているものであって、民法249条以下の、物権編に規定する「共有」とは自ずから異なる特徴を有するのです。

判例も「遺産相続により相続人の共有となった財産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所の審判によってこれを定めるべきであり、通常裁判所が判決手続で判定すべきものではない」としています(最判昭和62年9月4日)。

・金銭「債権」の遺産分割における取り扱い

相続開始となったとき、遺産たる金銭債権はどのように扱われるのでしょうか。

判例は、「相続人数人ある場合において、その財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する。」としています(最判昭和29年4月8日)。

しかし、この事案は、相続人が共同相続した金銭債権(損害賠償)のうちの相続分に相当する金額を債務者に対して請求したというもので、債務者に対して損害賠償請求権を行使する局面で、債権が当然分割されると判示したにとどまります(「金銭その他の可分債権」というのも、「金銭債権その他の可分債権」という意味と解するのが相当でしょう。

なお、預貯金債権について相続開始と同時に相続分に応じて当然分割されることはなく、遺産分割の対象となるとした裁判例として、最高裁平成28年12月29日大法廷決定があり、同決定については別途紹介します。)。

・「金銭」の取り扱い~金銭債権との比較

金銭債権については、債務者という第三者が存在し、遺産分割までに権利関係が確定しないと対債務者との関係で法律関係が複雑になるという事情がありますが、金銭については、基本的には相続人間の権利関係の問題としてとらえることができます。

そして、金銭には「高度な代替性を有する動産的な物としての金銭」という側面と「純然たる価値としての金銭」という側面がありますが、容易に分割できるという金銭の性質上、金銭だけを他の動産・不動産と別扱いにする理由はなく、通常の動産と同一性を有しているとして同一に取り扱うべきものと言えるでしょう。

現実の遺産分割の協議においても、不動産・動産等の分割の結果生じた不均衡を調整する最も便利な財産が金銭なのであり、金銭が同調整機能を果たしております。

このような金銭について、当然に相続人間に分割されるとすると、遺産分割協議が往々にして困難になりかねません。

したがって、遺産たる金銭については、本判決でも「遺産の分割までの間は」とするところからも、遺産分割の対象となることを前提としているとみられ、遺産分割前は当然分割されているものではなく、相続人間で法定相続分の金銭の引渡しを請求することはできないということになります。

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