事業承継と民事信託 

1 民事信託とは

近年、相続・事業承継対策の方法として、民事信託の手法が注目されています。 民事信託とは、ごく簡略して言うと、

⑴ 財産の所有者(「委託者」といいます)が信頼できる第三者(「受託者」)に対して、一定の目的(「信託の目的」)の下に、財産を預けて管理してもらう(預けた財産を「信託財産」といいます。)

⑵ その財産ないしそこから得られる権利・利益等を委託者が指定した者(「受益者」といいます。)に与える

⑶ 目的の達成その他、法律ないし契約に定める事由が発生したときに契約が終了し、残っている信託財産を指定された者に承継させる ーという仕組みです。

そして、「信託財産」については、譲渡可能な財産であれば、基本的には制限がありませんので、株式を信託財産とすることも可能です。そのため、自社株を信託譲渡することによって、事業承継対策の仕組みを構築できるということになります。

2 事業承継において信託の手法をとるメリット

信託の性質として、次のような機能があります。

⑴ 資産の凍結防止機能

民法上、人が法律行為を有効に行うには、意思能力が必要とされます。すなわち、財産を所持するものが、認知症となり判断能力を失ってしまった場合、当該財産を有効に管理・処分し、または権利を講師することができなくなります。事業承継の場面で言えば、経営者が認知症になってしまうと、経営権を行使できなくなり、また、所持する株式の譲渡等もできなくなってしまうため、会社経営がストップしてしまうことになります。しかし、経営者が認知症に陥ってしまう前に、あらかじめ、株式を後継者等の第三者に信託しておけば、万が一、経営者が認知症に陥ってしまった場合でも、経営がストップするということはなくなります。

この場合に、そのような手法を取らず株式を譲渡すれば良いと思われる方もいるかもしれません。確かに、そのようにできれば簡便なのですが、例えば、自社株の評価額が高い場合には、直ちに譲渡を実行するだけの資金の手当をしたり、贈与税の納税資金を確保したりということが難しいことが往々にしてあります。その準備の間に経営がストップしてしまわないように、民事信託の手法を活用する意味があるわけです。

さらには、後継者や引継ぎ先がまだ確定していない場合で、経営者がそれなりに高齢の場合に、万が一、認知症の発症や死亡事故が発生すること等に備えて、株式等の事業に関する財産と個人財産を切り分けて信託して、最悪の事態を避けつつ、判断能力のあるうちに事業の承継先が見つかったような場合には、信託を終了させて事業承継を実行するというような形での利用も考えられます。

⑵ 資産の承継先の指定機能

信託のもう一つの性質として、いわゆる受益者連続型の信託を用いた場合、遺言等の民法上の手段によるよりも柔軟に、財産承継の順序等を指定することが可能です。これは株式が信託財産の場合も同様ですので、会社の支配権を誰に、どのような順序で承継させるかということを決めておくことも理論上可能です。

3 民事信託を検討する上での留意点

民事信託は、信託目的に反しない限りにおいて、柔軟な仕組みを構築することが可能です。しかし、逆に言えば、目的と信託の内容が合致しないような契約内容の場合は、信託が無効となることもあります。そのため、契約条項は慎重に定める必要があります。 また、法律上は、前述の通り、資産承継の順序等を柔軟に設定できますが、税法の観点から見ると、受益権ないし信託財産が実質的に移転したと評価される時点において、贈与税・相続税が課税されますので、信託の内容によっては多額の税金負担が生ずることになりえます。そのため、税務面からの検討が必須になります。

もっとも、民事信託は、個々の事情に合わせて柔軟な設計が可能であり、上記に述べた以外にも様々なバリエーションが考えられます。税務・法務などの広範な検討が必要ですので、すべての事案で利用すべきものとは考えられませんが、民事信託の利用を検討することは、事業承継のスキームを多面的に考慮する上で非常に有益といえます。

 

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